君が望む永遠〜短編サイドストーリー

MACHINA EX DEO

誰が為のアミュレット

誰が為のアミュレット


いつも、私を不思議と守ってくれた。幸せを呼んでくれた。
まるでお守り≪アミュレット≫のように。

ただの可愛いクリップだけど。

このクリップでプリントを止めた時のテストは、いつも何故か成績が良かった。
これを持っていると、遅れそうな電車にも何故か間に合った。
宿題をしながら何気なく手の中で転がしてたら、茜が孝之君を家に連れてきてたこともあったし。

これを忘れたかどうか、思い悩みながら歩調を緩めたおかげで事故に遭わずに済んだ事だってあるんだ。

ただ偶然起きた出来事を、このクリップに結び付けて考えてるだけかもしれない。
でも、それでこんなに不思議な気持ちになれるんだったら、それもいいかな……って思うの。それを信じていられるなら……こういうのも、悪くない、よね。

だから……





(もう、ここにはいらっしゃらないでください──


涙が溢れる。つい数時間前の言葉が耳から離れない。
何故俺は泣いているんだろう。悲しいのか、寂しいのか、それとも……。

悔しい。
それを認めてしまった自分が。時に押し流されてしまった自分が。結局何もできず、周りに救われてるだけの自分が。今もまた、遙のお父さんや香月先生に、助けられただけなんだ……

オレがしっかりと人生を歩んでいれば、これからも堂々と遙を見守ることができたのかもしれないのに──

そう思いかけて、自分の偽善者っぷりにうんざりする。
遙は目覚めない。オレはそう諦めたから、彼らの言葉を受け入れた。……そうだろう?

ぼんやりと自分の部屋を眺める。
目に止まるのは、机の上に置かれた、遙の日記

遙が目覚めることをみんなで信じていられた頃に、遙のお父さんから受け取った日記。
幸せの日々と、その終わりの日が克明に刻まれている日記。

昨晩、数ヶ月ぶりに読み返そうとして……なんとなく開けなくて、そのままにしてたんだった。あれを読んでから出掛けていれば、オレは……。またその思考ループにはまりそうになり、思わず頭を振り払った。



ページをめくる。

もう暗記すらした遙の日記。目を閉じれば浮かぶ遙の筆跡。





7月24日。
オレにとって遙への想いは、この前日に始まった。
それは単に遙に告白し返したというだけじゃなく……速瀬と話していて、自分の想いに気づけた日。人に想いが届くことの喜びを、遙に教えてもらった日。

7月27日。
遙を初めて抱きしめた。
遙と永遠に歩んでいきたいと、初めて想ったあの日。

7月29日。
遙がお父さんに長電話で怒られてしまったことを話した日。
大学教授、ということしか知らない遙のお父さんを、オレの中で勝手に色々イメージしてたっけ。……遙と過ごす初めての夏休みに、胸を躍らせてたことを昨日のように覚えてる。


そう、その喜びを教えてくれたのは、遙なのに。
あれほど永遠を想ったのに。
昨日のように覚えてるんだったら……だったら何故オレは……っ!





8月2日。
ずっとこの時間が続いていくことを、オレも遙も疑いもしなかった、あの夏。

8月6日。
自分の初めての彼女が、こんなにも可愛くて、こんなにも優しくて、自分の幸せが信じられなかった日。遙と永遠に歩んでいきたいと、改めて強く願ったあの日。

8月11日。
遙がいて、茜ちゃんがいて、お父さんがいて、お母さんがいて。
みんな、楽しそうに笑っていて。あの日の緊張も、背中を伝った汗も、今じゃいい思い出で。


続いていくはずだった、時間……
永遠に歩みたいと願って……それでオレは何をしたんだ?
……くそっ、おまけにもう思い出扱いかよっ!





8月15日。
本当に、あの日撮った写真が最後の1枚に……なるかもしれないなんて……

8月19日。
遙が同性にも応援されてる、って知って、何故か凄く嬉しかったのを覚えている。周りに応援されて、祝福されて、このまま永遠に一緒に要られる事を、疑いもせずに。

8月20日。
オレたちには、たっぷり時間があると思っていたあの頃。
そう言えば、今や飾りの欠けたクリップの話をしたのは、この日だったのを覚えている。女の子らしくて、可愛い遙。焦る必要なんか無い。ゆっくり行けばいいと思ってた……。


……最後の1枚にしようとしてるのは誰だ?
周りの応援に、祝福に、応えようと思ったんじゃなかったのか?
たっぷりあるはずだった時間を……奪ったのは、誰だと思ってるんだっ!





8月24日。
永遠の約束。ふたりがそれを、忘れぬ限り……

約束……

オレは…………





そして……8月26日が来る。

最高の幸せを感じていられた、還らぬ日々。
今日までオレは、いつかあの日々が還ってくることを、この日記に新しい日付が書き込まれる、その日だけを祈り続けて生きてきた。


……だが、続くのは空白のページ。

遙の時間が書かれるはずだったページ。
オレが、真っ白に埋めてしまったページ。

二度と還らぬ、遙の文字──


以前と同じように心が締め付けられ、早く閉じようとしたその時──

紙で指を切ってしまった弾みに、何かが見えた。

空白のエリアの真ん中。慌ててページを繰る。



……そこは左側のページ。
裏写りを避けるためか、几帳面に右側にしか書かれていない遙の日記。ましてや空白のページは見るのが辛くて、ぱらぱらとめくるだけだった。おかげで、こうして1年が経つまで気づかずにいた……

それは、空白の中に、隠すように、書かれていた、遙の想い。



オレが探していた遙の欠片は。
遙が大切にしていた、遙の失われた意識の一部だと思ってたそのクリップは。


(えっとね、お守りみたいなものだよ)

(お守りぃ? その乙女ちっくな可愛いクリップがか?)

(あ、ひどいよぉ……でもね、ほんと不思議なんだよ。今もお願い、してあるし……)

(へえ……何をだ?)

(ふふっ、それは秘密だよ)



……オレが、遙を殺したのに。
あの日、オレはおまえに何もできなかったのに。


もしあの日オレが早く着いていれば、事故に遭ったのはオレかもしれないのに!


どうして!
どうしてオレは……守られてばっかなんだ!
遙を守るはずだった、それは……っ!



はるか……っ!

……オレも信じられたら……
おまえが帰ってきたら、今度こそオレがおまえを守れたかもなんて……

もう……思う資格も無い……



なあ……はる、か……







なら……こういうのも、悪くない、よね。
 
だから、お願い、クリップさん。これからは、私よりも大切な人を。
これからは、孝之君を、守って。
1998年8月19日
 


 
 
 
 
 
 
あとがき
如星です。今回は実験的意味合いも強いので短めにまとめてみました。
……モチーフはまた「プラネテス」なんですが、ちと「まんま」に過ぎますね相変わらず……

想っていたはずが、守ろうと思っていたはずが、実は想われていたのは自分で、守られていたのは自分だと気づく……。幸せな時であれば、それは望外の喜び。でも、それに気づくのが遅れることだって、あるわけですから……。

「ま、後悔の無いようにな」

さて、正直に言います。
何故だ! 何故「クリップ」なんだよドラマシアターvol.2さんッ!
もう少し色っぽい物にしてくれれば話が作りやすかったのに……(T^T) 彼女がどうしてそれを大切にして、それにはどんな意味があって……その辺を膨らませられると、もう少し面白いものになったと思うんですが(力量の無さを棚に上げ、っと)。自分の中でどんなアイテムか想像がつかなかったので苦労しました。まぁクリップと言っても千差万別、可愛いものは可愛いらしいですけれど……

さて、本作品はEmotional Package・陽さまのSS「Pure Love -Haruka-」を踏まえております。……というか、三次創作です、ハイ。この「日記」に着想を得て、ドラマシアターvol.2記念で書いてみました。

こんな素晴らしいSSを書かれ、また拙作とのリンクをOKしてくださった陽さまに最大の敬意を表して。
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そして2年の時が流れて──
アミュレットおまもりは戻ってこなかったけれど。

守ることの意味が、やっとわかった。



そう、俺が本当に、守りたい人は──
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2001年9月15日
 
私は、帰ってきた。
たくさんの人の、信じる思いのおかげで。孝之君の、想いのおかげで。
 
ええと、そう、今日は……
 

──The longest summer just has come to an end.
 
 
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