VERBA VORANT, SCRIPTA MANENT.

「君が望む永遠」短編小説

Distant Summers

“Distant Stars” プロローグ&エピローグ 

維如星ウェイ・ルーシン

1998, Summer: the Prologue

追いかけても 届かぬあなたを 夢に見る


その人は、私の人生を束の間、駆け抜けた。


少しずつ暑くなってくる部屋の中で、ぼんやり天井を眺めていた。カーテンの向こう、開け放たれた窓からは、何とか涼しい朝の残り香を風が運んできてくれる。その風が窓辺で鳴らす小さな風鈴の音を聞きながら、眠気と暑さの攻防戦に前者が負けるまで、私は半開きの眼で天井を眺めてたのだった。


だって、八月。夏休みのお出かけ気分も、月も半ばになればちょっと疲れてくる。なーんにもする気にならなくて、なーんにもしないで過ごしちゃう、そんな気分の日が生まれてくるのが、八月の夏休み。

今日も、そんな一日になるはず。

どうせ今日は友達にも会わないし、確か水月先輩も忙しいはずだし。適当に起きて、適当に宿題でもして、適当にお姉ちゃんでもからかって──そんな風にぼんやり考えながら、私は喉の渇きと首周りの汗のべとつく感じに負け、仕方なくベッドから身体を起こした。

まずは部屋のクーラーを入れといて、シャワーでも浴びて、遅めの朝ご飯。そんな風に行動予定を立てながらリビングに出た時に、家中の静けさに気が付いた。

あ……そうだった。お父さんもお母さんも今日は早くから買い物に出てるんだっけ。でも、お姉ちゃんはどうしたんだろ?

「おねえちゃーん? いないのー?」

小さなおこじょのプレートの掛かったお姉ちゃんの部屋の扉は半開きになっていて、中は薄暗い。あのお姉ちゃんがこの時間まで寝てるってのはありえないから……

「なんだ、いないのかぁ……」

買い物についていったのかな? それともお兄ちゃんとデート?

んー、デートはないか。なんせあのお姉ちゃんと来たら、鳴海さんに会う前の夜はすんごいそわそわしているし、私になんだかんだ相談持ちかけてくるもんね。しかもはっきり言って、毎回毎回相談の形をしたタダののろけ。あーあ、話に付き合わされる可哀想な妹の身にもなってみてよ……。


う、話がずれた。暑い暑い。

とゆーわけで、お姉ちゃんがお兄ちゃんと一緒じゃないなら、昨日言ってたお買い物に付いてったんだろうな。お目当てはあそこの板橋屋の芋きんつばに決まってるけど……。ま、お姉ちゃんほど熱狂的じゃないけど、あそこの和菓子は美味しいから私も大歓迎。私を置いてったからには、当然おみやげ買ってきてくれるでしょー。


状況の整理ができて満足したところで、二つの生理的欲求──シャワーと朝ご飯に思い至り、さっさと一階に駆け戻った。

「あーあ、今日は一日ひとりかな……」

ぽつりと、誰とにでもなく、私はお姉ちゃんという遊び相手を失ったぼやきを口にした。汗を吸い込んだシャツを脱ぎながら。

「あー、ヒマっ!」

叫んだところで、突然楽しいイベントが降ってくるわけでもない。効きすぎたクーラーを一回止めて窓を開け放し、ベッドの上に身体を投げ出した。

気だるく過ぎてく夏の午後。借りてた漫画も読み終わっちゃったし、なんか宿題に手をつける気もしないし。こんなことなら一人ででも泳ぎに行けばよかったかな。

あるいは、誰かと約束して、とか。

(誰と?)

うだうだとした思考の流れの中に不意に湧いてきたのは、鳴海さんの顔。いつの間にか、お兄ちゃん、って呼ぶようになっちゃったけど。

(なんで、だっけ)

あのお姉ちゃんの彼氏。二年越しの想い人。

水月先輩の話じゃ、かっこ良くて頭もいい先輩に告白されてもお姉ちゃんの想いは揺るがなかったらしい。

そんな、お姉ちゃんの恋人。一体どんなに凄くて、かっこいい人かと思ってたけど……。うーん。


でも、なんとなく、わかる。

今なら、何となくわかった気がするんだ。お姉ちゃんが、あそこまで鳴海さんを好きになった理由。

最初は、ただの面白い人だと思った。あと、私が年下で女の子でも、ちゃんと普通に喋ってくれる人だなー、って思ったぐらい。

だから、不思議だった。ただの面白い人なだけじゃ、あのお姉ちゃんが想い続けるはずないもん。初めて会う前から一応、あの水月先輩が仲良くしてるってことは、そりゃーもうそれなりの男なんでしょー、とか勝手に想像してたんだけど。

……なんだろ。すごく、お姉ちゃんといて自然だった。特別優しいってわけでも、気が利くってわけでもないのに。

そしてついこの間、水月先輩が大会で負けちゃった話をした時。

『彼氏ができたから練習どころじゃなくなっただと? あいつはそんなやつじゃねえんだよっ!』

いきなり本気で怒り出すから、ちょっとびっくりしちゃったけど。だけど、普通なら恥ずかしくて誤魔化しちゃうような台詞を、鳴海さんは真剣に私に言ってくれた。友達を、私の大切な水月先輩を、本気で心配してくれてたんだ。

(友達を大切にできない人は誰も大切にできない)

そんなお姉ちゃんの台詞を思い出して、ああ、お姉ちゃんと鳴海さんって似てるんだ、って気づいたんだ。お姉ちゃんが鳴海さんを好きになった理由が、少しだけわかった気がした瞬間だった。

でも、鳴海さん気づいてなかったみたいだけど、『もちろん遙のことは何より大切だよ』って台詞も、普通ならすんごい恥ずかしいと思うんですけど。

ふふっ、お姉ちゃん、アイサレテマスなあ。ごちそうさまごちそうさま。


チリン、と。風鈴の音で我に返る。

その時、この間部屋で今にもキスしそうになっていた二人の顔が、突然頭の中に浮かんできた。暑い部屋の中でも、さらに少しだけ顔の温度が上がったのがわかる。

私はその感情を誤魔化すかのように、部屋の窓を閉めて再びクーラーをつけようと、ベッドから跳ね起きた。

(なるみさん、かぁ……)

あーあ、私も彼氏、欲しいなあ。

今まであんまりそういうコト考えてなかったけど、やっぱり優しくしてくれる人がいれば嬉しいだろうし、その優しさは独占したいし。キチンと私を見てくれる、そんな人が……。


(鳴海さんみたいなヒト?)


もやもやした感情に小さくかぶりを振りながら、改めて思った。お姉ちゃんが羨ましい、って。あーホント、いいないいないいなっ。

それに引き換え私の周りの男の子って、何であんなにガキばっかなんだろ。嫌になっちゃう。


(鳴海さん「みたいな」ヒトでいいの?)


……っと。

ヒマ、だなあ。会いたい、なあ。

(誰に?)

私はクーラーのリモコンに手を伸ばしたまま、ほんの少しの間固まって、頭の中で「誰か」に「会いたい」理由をぐるぐると考えてみた。

……うん、いいよね。いいよいいよ。だって私のお兄ちゃんだもん。妹が一人寂しく家にいるんだから、会いに来させたって、いいよね?

よしっ。目的が決まれば後は手段。電話するのが一番早いよねっ。

確かお姉ちゃんが二階の子機を触ってたから……。スズミヤハルカ観察歴十四年のこの私の読みが正しければ、きっとお姉ちゃんは何か証拠を残しているに違いない。


…………。

「TN」。ナルミ、タカユキ。

さ、さすがお姉ちゃん、私の予想の斜め上を……。証拠も何も、この短縮メモ、イニシャルで誤魔化したつもりなのかなぁ? いつもは几帳面なのに、こういうところではツメが甘いんだから……。

ま、おかげでお兄ちゃんに電話できるんだから。

……いいよ、ね?

(何が、いいの?)

通話ボタンを押した。受話器から流れ出すトーンの前に、しばし指が硬直する。……何て言って呼ぼう。お姉ちゃんがいないのに来てって言うの、よく考えたら変だよね。

(いいんじゃ、なかったの?)

えーと。んーと。ああ、もう、そうだっ!


「お姉ちゃんが……お兄ちゃん……早く来て……」

"Distant Stars" starts from here...
...and to be concluded at, "2003, Summer".

なかがき -middle(?)script-

君望関連では実にお久しぶり、の如星です。

本作品は、如星の君望、いやそもそも初めての「二次創作短編小説」である「まだ見ぬ彼女の恋に」を、「遙エンドの茜さん」本たる「機械仕掛けの永遠と最後の神慮の物語」収録の際にプロローグ&エピローグとして加筆改筆したものです。「遙エンドの茜」とはすなわち「Distant Stars」。Web上の作品の「始まりと終わり」にも相応しいまとめになると思い、このたびWeb公開いたしました。

「まだ見ぬ〜」は初期作品ということで文章面でのかなり恥ずかしいモノがあり、こちらの改筆版公開と共に公開終了にしようとも考えていたのですが、ま、初作品の「記念」として恥を晒しておくことにしました(苦笑)。改筆版でもあえて元のまま手付かずな部分もございますが、笑ってご覧いただければ幸いです。また初期作品とはいえ、この時の茜に対する発想はその後の如星の涼宮姉妹像を決定付けることになりました。作者にとっては思い出深い一作です。

さて、この後ろの「エピローグ」については、Distant Starsシリーズ、中でも特に「君が望む最後のひとかけら」後を意識して構成されております。よろしければそちらを先にご参照くださいませ。

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2003, Summer: the Epilogue

夢に見し あなたの笑顔を 追いかけて

あれから。

あの辛く悲しい夏以来。

私は何度もあの日のことを思い出した。

何度もあの日のことを後悔した。


鳴海さんに、あの頃から大好きだったお兄ちゃんに、ただ会いたいと願ったあの日。それは、あるいは小さな想い出のひとコマとして、記憶されてゆくべき些細な悪戯に過ぎなかったのかもしれない。

でも結果として、あの小さな出来事は何よりも重い鉄の枷となり、三年もの間、私の心を絶え間なく締め付けていた。

「それともお兄ちゃん、お姉ちゃんが事故とかに遭ってた方がよかったわけ?」

ああ、なんて、コドモだったんだろう。

姉さんの冷たい寝顔を見るたびに、鳴海さんの疲れた表情を見るたびに、私の心は、あの日の子供じみた悪戯の電話へと転げ落ちていった。

どんなに理性が否定しても、そんなわけがないと心の中で叫んでみても、どうしても、駄目だった。

(私があんな事を言ったから、こうなった)

あの事故があって初めて、私は気づいたんだ。鳴海さんと姉さんが笑い合っていたことが、あんなにも当たり前だった時間が、自分にとってどれだけ大切だったのか、ということに。

(私がお兄ちゃんを試したから、こうなった)

壊れ始めていた鳴海さんを前に、姉さんの目覚めを強く祈っている時、自分がどれだけ「お兄ちゃん」を好きだったのか、ということに。

(お姉ちゃん……早く目を覚まして……)


でも。

確かに、あの日の悪戯は、子供だったと思う。

でもそれから三年の月日が流れた時、果たして私は「コドモ」じゃなかったと言えるのだろうか。

子供心に、私は鳴海さんの恋心を試した。

子供心に、私は全てを目覚めぬ姉のせいにした。

そして三年後、私はあいも変わらず鳴海さんの心を残酷なまでに試し続け、水月先輩に全ての責任をなすりつけた。散々酷い台詞を叩きつけ、自分の持っていた苛立ちの全てを、誰を顧みるも事無く浴びせ掛けた。

そう、私は、学ばなかったんだ。結局十七歳の私は、十四歳の私よりも少々知恵がつき、より狡猾に「悪戯」をしていただけ。


なんという、コドモ、だったのだ。


そもそもあの時、鳴海さんの隙間を埋めた水月先輩を見て、どうして自分が隣に行かなかったんだろう、って後悔していた。先輩を、鳴海さんを憎みすらした。生まれた心の痛みを、姉さんを見続けることで誤魔化そうとしていた。

そんな全ての子供じみた行動が、私をずっと縛ってきたのだと思う。


──今、鳴海さんはこうして笑っている。

その笑いに応える姉さんが、隣にいる。

私が、心の底からの笑顔を見せられる二人が、二人揃って幸せそのものの笑顔を浮かべ、すぐそこにいてくれる。

この二人のおかげで、二人に訪れたのと同じぐらいの幸せが、私にも訪れてくれたんだ。自分が傷つけた人が、自分に幸せをくれたという事実──どんなに都合がよいと言われても構わない。自分の汚さを認識しながら、私は生きていくのだから。


──改めて思う。

私は鳴海さんのことが、本当に好きだったんだな、ということを。それは長い間「恋」であり続け、結局「愛」には至らなかったのかもしれないけど、それでも私は確実に、鳴海さんのコトを想い続けていたんだ。

そして今、こうして鳴海さんの気持ちを知り、私の心もようやく新しい一歩を踏み出せた今となり、その恋心は、ゆっくりと、ゆっくりとではあるけれど、掠れはじめている。鳴海さんのおかげで、姉さんの幸せそうな笑顔のおかげで。

その事実に私は少しほっとしたし、そしてもちろん、少し悲しくなってしまったけど。


憎しみと悲しみが、私の心から取り去った幸せ。

後悔と束縛で、私の心から消え失せた勇気。

三年の間欲しかった幸せが、二年の間欲しかった勇気が、今、ここにある。でもこの幸せは、この勇気は、ただ口を開けて待っていただけで手に入ったモノでもはなく、あの無邪気だった日々から取り戻したものでも、ない。

幸せも、勇気も、自らの手で作るしかないということを。後ろばかり見て、祈り願っているばかりでは、何も得られないのだということを。そんな大切な事を、鳴海さんと姉さんは教えてくれたんだ。


さあ、今度は私の番、かな。

姉さん、いつまでもお幸せに。

そして鳴海さん、私の誇るべき初恋の人に、

心の底からのありがとうを。

いつの日か、この幸せにも終わりがくるのかもしれない。またいつの日か、私自身の幼さが、辛い想いを生むのかもしれない───だが、それでも。


新たな出会いを受け入れるその時まで、

今は今に、素直でいたい───

──SEE YOU IN NEXT LOVE STORY, SOMEDAY, SOMEWHERE!

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