空。
駅を降りると、そこは港が近い。すなわち、遮るものなき無辺の空が、そこにはある。
駅前からエスカレーターを昇って空中通路へ。
通路の端へ掛けられたそのエスカレーターが、まるで空へと掛け渡されているような錯覚。昇り切った先に通路があることに軽い失望を覚えながら、澄み切った空気をはらんだ蒼穹を見上げてみる。海の際に建つ真新しいビルの白さが、眩しい。
この場所に勤めるようになってから、随分と空が近い。
かつての職場は、地下鉄の駅を降りればすぐに裏路地。そこに空があることなど思いもよらず、職場への道を急いでいた。
──そんな路地からでも空が見えることは、忘れていたみたい、だ。
毎朝のこの眺めが、忘れていたものを蘇らせる。
ああ、空はいいもんだ。
冬の晴れ渡った空、暮れなずむ空、白く月を架けた青空、宇宙の色を溶かした紺碧の空
──その蒼さはただ眺めているだけでも気分がいい。その蒼穹の広さを空想するだけでものんびりできる。あるいは大気を薄く切り進む飛行機乗りに思いを馳せたり、さらにその青の上の成層圏にまで想像を伸ばせば、SF好きの心も満たされるというものだ。
のんびり上を見ながら空中を歩き──
無粋な歩き煙草の煙が、急速に世界を現実に引き戻す。穏やかな怒りと共に足を速めて犯人を追い越し、そのままそそくさと職場へと足を向ける。
キリリと冷たい朝の空気を取り戻し、かくして一日は始まれり。
あるいは、そんな一日。