お題:「遙は天使だったと思う」で書き始める
君望短編番外編── Like an Angel.
「今思えば、遙は天使だったと思うんだ……」
「えっ? い、いきなり凄く恥ずかしいこと言うね孝之君……」
遙の涼しい部屋で過ごす夏の午後。
ふと浮かんだ俺の台詞に、遙は素直に頬を染めてみせる。……いや、こんだけ可愛いから天使だって言うんじゃないぞ。
「だって、いや今こうして幸せにしてられるのも、遙のおかげだから」
いつもの惚気台詞ではあるのだけど、少しだけ長い想いを込めて呟いてみた。
「三年前突然俺の前に現れて、人生で初めて可愛い彼女ってのができてさ。あの時『想いを伝える喜び』ってヤツを教えてくれた遙も、十分俺にとっては天使っぽかったけど」
遙の入れてくれた紅茶で一息ついて、俺は言葉を続ける。
「この間、目覚めても現実を認識してなかったおまえって……ある意味、天使だったんだよ。周りみんなが目の前の現実に追いかけられてて、その先にある物から目を背けててさ」
あのときの話をするのは、そりゃお互い気分のいいモンじゃない。
でも俺はふと強烈に湧いたその考えを、口にせずにはいられなかったんだ。
「そんな中で、3年前の記憶を持ってた遙だけが、純粋な心で、みんなの『本当の気持ち』に気づかせてくれたんだぜ? そりゃあれが良かったことだなんて言うつもりはない。だけど、あれはやっぱりどこか不思議な時間だったんだ。行き詰まってた俺たちの中に降りてきた、天使のように」
それにあの頃の遙に、俺はまるで触れることを許されていないような気持ちを持っていた。まさに、人の触れられぬ天使であるかのように。ま、そのことは言う必要ないけどな。
「うう〜ん、そうだね」
口に含んだ林檎のシブーストにほんの一瞬うっとりしてから、遙はゆっくりと俺に向き直った。
「その時のことは本当に覚えてないから、よく分からないんだけど……。でもね、もしそうだったとしても、その天使さんはもう帰っちゃって」
そのまま甘えるように俺の腕に身体を絡めてくる。
「こうやって孝之君の隣にいられる、人間の私が目を覚ましたんだよね」
「……え、は、遙っ?」
「私、天使なんかじゃないよ。もう何処にも行かない、ずっと孝之君と一緒にいられる、涼宮遙なんだからね……!」
触れられぬ天使への想いを見透かされたような、遙の言葉。
と同時に……
「そっ、それこそ反応に困るような恥ずかしい台詞だぞ、遙」
思わず視線を空中に泳がせながら、それでも腕に遙の温もりを感じて。
顔を逸らせただけでは隠し切れない照れを、俺は言葉にして吐き出した。……バカップル正規軍標準語として慣れてはいるんだけど、それでも面と向かって言われると気恥ずかしいものがあるな。
「そーだよ姉さん。まー鳴海さんもさ、今時恋人に『僕の天使だ』なんてちょっと古臭い台詞吐いてるんだから似たようなものですけどー」
ウム。まぁ茜ちゃんの台詞にも反論の出来ないだけに……って。
「茜ちゃん!?」「茜っ!?」
「あ……思わず口挟んじゃった」
照れたような顔をして舌を出しながら、扉の隙間から茜ちゃんがゆっくりと撤退していく。
こ、こいつはいつもながら良いタイミングで……!
「あああ茜っ!ちょっと待ちなさいっ!」
「い、いーじゃない幸せそうなんだからさっ!」
呆れ顔で二人のやり取りを眺めながら、俺はぼんやりと思いを巡らせる。
天使みたいな遙。例え今の遙に記憶が無くても、あの時俺たちの人生の中を通り過ぎていった、一人の天使。つくづく、世の中って不思議なもんだと……
「アラバスタッ!?」
……飛んできたお盆に後頭部を直撃されながら、改めて思う。
天使を払う悪魔。
あの時の不思議な天使を振り払ってくれたのは、他ならぬこの小悪魔たる茜ちゃんだったんじゃないかと……。
──天使でも悪魔でも。最後の決断は、やっぱり人間。