VERBA VOLANT, SCRIPTA MANENT.
何とも誤解を招きそうなタイトルだが、ともあれジビエである。野禽である。赤き肉の歓び、冬の楽しみだ。
ジビエと片仮名で書くと何とも馴染みの無いフレンチとでも思ってしまうかもしれないけど、例えば「猪鍋」は立派なジビエ、野禽食いである。いわゆる家畜、家禽と違い、動き回る野生動物の肉は基本的に筋肉質で、味が濃い代物になる。サシの不健康な脂とは違う、秋冬の自然な脂の乗りと、よく動くが故の筋肉質でもしなやかできめ細かい赤身、いかにも「肉を食っている!」と言わんばかりの濃ゆい肉の味。「臭い肉」という先入観を持ってる人も要るかもしれないけど、これまたお馴染み「モツ」と同じで、まっとうな食材を選ぶ店で食いさえすれば、香りこそあれ臭みなど感じることは無いのである。
それに、ジビエは何より「旬の食い物」だ。地元のスーパーで買える旬ではないだけに、忙しさにかまけているとあっという間に逃してしまう食い物でもある。かくいう如星も「そういえば冬コミ進行で食ってなかったな」と思い出したが最後、もう矢も盾もたまらない気分になってしまい、ジビエの旨い見知った店のWebなどを突付いてみると「ベカス(山シギ)あります」の一言。ジビエの中でも肉の味の濃さでは折り紙付きのベカスとくれば、これはもう我慢しろという方が無理である:)
というわけで、この週末はアタゴール@恵比寿にてジビエ祭りを敢行。店の軒先に羽のついたままの鳥が吊るしてある、それだけで慣れない人はドン引きの光景だが、もう我々の目には「旨そう」にしか見えないのだ:) (余談だが、我が相方も吊るされた猪のニュース写真を見て「美味しそう」と呟くぐらいには教育が完了している) それに別にこれは飾りではなく、一定期間肉を熟成させることで香りや味を増すための歴としたプロセスである。
このアタゴールは箱が小さいだけに、逆に調理中の肉の匂いがダイレクトに席まで漂ってくるのが醍醐味の一つ。また野菜一つ取っても、鎌倉野菜などの味の濃い、地味(ちみ)溢れる青物を使ってくれている。「さっぱり」だの「クセが無い」だの「食べやすい」だの、要するに「あまり旨味も無い」の代名詞みたいな台詞は一切無縁の世界である。ガツンと野菜を食い、ウサギとフォアグラのテリーヌを食い、かと思えば百合根と黒トリュフの出汁の効いた滋味深いスープを楽しみ、そしてもちろんトドメはぶどうの葉に包まれ、豪快に火のついた状態で出てくるジビエである。
今回は先のベカスと、そして相方は青首鴨を注文。同じ皿では芸がないということでモノをずらしたのだけど、結果食い終わってみれば、ベカスの余りの味の濃さに、鴨が「優しい味」に感じられたほど。いやもちろんどちらも旨かったのだけど、流石はジビエの女王ベカス、「肉を食っているッ!」という感覚だけで無上の喜びを味わえた:)
実際、この日記では四の五の理屈を並べてるけど、この店に入っている間の如星のIQはコミケ時並みの18ぐらいに落ちているはずである──軒先の鳥、店中に立ち込める匂い、ガンガンと繰り出される皿を前に、理屈や理性の入る余地なんて無い。1時間後、そこには蟹を食うかの如く「うめえ」以外の声を発しなくなる如星夫妻の姿が! ……というのは決して日記的誇張では無いのである。そういえば「アタゴール」という店名は「A ta gueule」、英語にすると「To your mouth」。「貴方のお口に」「貴方好みに」と訳せるらしいが、実は「黙って食え、いいから食え」と訳すことも出来るのだとか\。このシェフのパワーなら、どう考えても後者です。いやー、本当にごちそうさまでした。
今日の一滴="名前を忘れたオードヴィ" (2009/01/12)